システムエラーを考える

query_builder 2021/02/28
ブログ
写真

精神科へ心理士として就職した時のこと。 今から、もう、二十数年前になります。


当時、心理士という専門職は、まだまだ社会的地位を確立していたとは、 言い難い時代でした。 就職先の方針によって、心理士が就く仕事はまちまちであったように記憶しています。



私は幸運にも、心理士を専門職として歓迎してもらえる職場に就職することができました。



そこで私は、まさしく「昭和」の鍛えられ方を経験しました。 そう、、それはそれは、厳しく怒られ続けました。


私は、それを愛のムチだと思って、懸命に先輩のいうことについていこうと 腕を磨かせてもらっているのだと、そう信じきって、毎日を過ごしていました。



命を預かる現場であることはもちろん、 「人の心」という目に見えないけれども、確かにその人の中に存在するであろう「心」 人に向き合う仕事の責任や人としての誠実さを叩きこまれたのです。



自分がまだまだ心に寄り添うプロとしての力量が足りないことをいつも意識させられていました。 自分がまだまだだから。もっと頑張らなければという具合です。




そこには、怒られて日々感じていた、くやしさや憤りもありましたし、 その怒りのエネルギーが私を前に前に推し進めてくれていたのだと思います。



心理士を専門職として迎え入れてくれた職場ではありましたが、 そのとらえ方は、職員の数だけあるわけです。 なかには、否定的な人もいました。 「話しを聞くだけの仕事なんて楽でいいな」ということさえ言われたこともあります。




話しを聞くではなく、私達が行っている活動は、

「話しを聴く」なのです。





悔しかったですが、まだまだ自分には足りないものがあるという観念が頭の中を離れずに ただただ、やりすごす日々でもありました。


そうやって、18年間の精神科での臨床経験をスタートさせたのです。



最近、その頃のことをふと思い出すことがあります。


あの頃は、自分が力量不足だったのだから、怒られて仕方ないと信じこんでいた自分に 最近の自分は、異議を申し立てたくなっているのです。



怒られて仕方ないということが本当にあるのだろうか?

上司や先輩が私に向けていたあの怒りは、

私のことを思ってという愛情からの怒りだったのだろうか。

それとも、他に怒りの発露があったということはないだろうか。




また、両方あったとしたら?





両方あったかもしれないという考えが今の私にはしっくりくるのです。


つまり、愛を持って接してくれていたところもあるでしょう。


でも、すべてがそれだとは思えない。



上司や先輩の不安が怒りによって、私達に投げ込まれ続けていたのではないかとも思うのです。



だとしたら、私は不当な怒りにさらされていたことになります。

そう思うと、当時は全く感じなかった、怒りが私の中に沸き起こってきます。



新人を教育する立場の上司や、先輩の不安が、新人に投げ込まれてしまうというのは、

あきらかに、システムエラーを起こしているのです。



新人教育のシステムや、上司先輩のメンタルを保つためのシステム、新人のメンタルを守るシステム そういう所にエラーが起きている。



そう考えて、仕組化を工夫するという発想を持ち得たらよかったのではないかと今更ながらに 考えています。



今の職場で、新人さんを受け入れることがあります。 その時にいつも私のこの体験を思い出します。


うちに入ってくれる職員さんには、そういう思いはさせたくないと胸に誓います。


えてして、私達はどうしても、その新人さんの出来不出来にばかり目が向きがちになってしまいます。



受け入れるシステムにも目を配る。受け入れる私たちの言動を振り返る。



素直な新人さんは、素直に私たちの悪い癖さえも真似してくれますから(笑)



うまく物事が進まないとき、システムエラーの可能性を考えておく。 これで、懐がちょっと広くなれるような気がします。


NEW

  • query_builder 2022/05/01
  • 立春!2020年のはじまり。

    query_builder 2022/02/04
  • エムエム団欒通信 2月号

    query_builder 2022/02/02
  • えん家・みず穂の“孤立させない”介護のメリット その1

    query_builder 2022/01/12
  • アートセラピーとは

    query_builder 2022/01/11

CATEGORY

ARCHIVE